聞き書き『モガ・鹿乃ちゃんの百年―ブラジル』

モガ鹿乃ちゃん2

8人兄姉の長兄・金郎(きんろう)は若い頃「ブラジルに行きたい、ブラジルに行きたい」と毎日のように言っていたそうだ。「とにかく朝から晩までブラジル、ブラジル、ブラジルってうるさいくらいだったよ」。金郎のブラジル熱について鹿乃子は「自分はまだ子どもだったから、そんなに行きたいんだったら行っても良いのに」と思っていたという。しかし父・正二郎は違っていた。毎日ブラジルを熱く語る息子にたまりかねたように「親を捨ててブラジルに行きたいのかっ!」と怒鳴りつけたという。「金郎さんはハッとした顔をしてね、それきりブラジルとは言わなくなったよ」「昔はね、長男は家を継ぎ、親をみるのが当たり前だったからね」。正二郎が怒るのも当然だ、と大人になってから分かったという。「考えてみたらブラジルに行くのは農業をしている人だから、計測機械の会社員では無理だったね」とも言う。「でもね、金郎さんは植物が好きだったし、真面目で努力家だったから、ブラジルに行ったら成功したんじゃないかって蔭では家族で言ってたんだけどね。本人には言えないけどね」。

*ブラジルへの正式な移民は、1908年(明治41年)に始まり、新天地めざして移民が多く渡った。鹿乃子が子どもの時の話なので、1920年代(大正9年)頃と思われる。